宝島の地図

私が良いと感じたものを見せつけるだけのブログです

5/6 comitia(E32a) 別冊LOVE発売にあたって

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このブログ、更新が途絶えすぎていてたぶん閲覧者もいないし、Twitter以上の宣伝効果がまるで期待できないので、わざわざここに書く必要もないかなとも思ったのだけど、私の描いたものがこんな形になるなんて生まれて初めてで、何よりそれをこんな才気溢るる友人達と一緒に作れたってのが結構私としては嬉しくって、折角だし記念に残しておくかみたいな気持ちで久々に筆を(指だが)執る(打つだが)ことにした。

 

この雑誌が出来上がったのを見たときの感想は、私の集団での立ち位置もこんな感じだなぁというものだった。

 

私が描いたのは、紙の無駄遣いといっても過言ではないくらいのただの挿絵だ。

「お金なら払うからあなたの描いた絵だけみたい」と言ってくれた奇特な人にも、「そりゃ大根のツマを食べる為だけにお刺身を買うようなもんだよ」と言った。

 

しかし大根のツマは結構食べてみるとおいしい。昔からお刺身を買うと私は大根のツマまで食べていた。よく考えたら私は大根のツマですらなかった。

 

歩くモラルハザードと異名がつくくらいの人間なので、私が新しいコミュニティに加わると必ずといっていいほどトラブルが起こる。もっというと別に加わらなくてもなぜかトラブルが起こる。その度にめんどくさくなってまた新しいコミュニティへと引っ越した。

学生の頃は学校のトイレで昼食を摂ることもしばしばだった。給食のみかんや牛乳が埃まみれになっていたり、教室の椅子がボコボコになっていた時代もあった。それでも図々しい性格なので毎日学校には行った。

家に帰ると面のいい母親がいる。母親と出歩くと当然だがまず面で比べられる。そんな母親は学校のトイレに篭っている私とは違って、いつも集団の中心にいるようなタイプの人間だ。

たぶん母親はうんこするような感覚で私を産んだんじゃないかと思う。私の母親の娘は私みたいなうんこじゃないときっと耐えられないだろうから、私みたいなのが娘で本当によかったと今となっては思う。どんなに理不尽なことがあっても、うんこは口答えをしない。自分がジッと黙っていることで、そしてそのまま水に流されることで、自分を保って生きてきたのだ。

 

三年くらい前に上京して一人暮らしをはじめたのだけど、東京ではじましての方に出身地である広島の話をすると、「なんで上京してきたの?」という質問をよくされる。いつも聞かれてもはぐらかしているんだけど、本当は上京した理由もこうした逃げの要素からきている気がする。

逃げるように駆け込んだ東京でも、逃げることしかしてこなかった私はトラブルを乗り越える力もなく、当然上京デビューも失敗に終わるのであった。

 

しかし歳をとるにつれて、こんな私でもなんとなく学んだことがある。

他人の不幸を好む人は多いということだ。

 

新しいコミュニティで自分の居場所を作る方法のひとつとして、例えばだけど黒板消ししたいけど上のあたりが届かないみたいな女がいたら四つん這いになってどうぞ私にお上がりくださいと言ってみるとか、ちょっと大げさに言いすぎたもののそういう人の下に回るみたいな鬼のように無難な方法がある。

そうすると不思議ととりあえず周りはだれも傷つかない。

だけど限りある人生でそんなことばかりしていて何が楽しいんだろうか?

 

そしてこれまで自分の事を誰かの引き立て役だと思って生きてきた私は、ついに気が付いてしまった。

一体うんこが何を引き立てるのだろうかということに。

 

 

正直いうとやっぱり今回も私の逃げの姿勢は挿絵というジャンルを選んだこととか、描いた絵の至るところに表れていて、自分でもなんだこれと思うし、本当はあんまり人に見せたくなかったけど、質より量だと念じた。量とは経験である。

そんな中、少なからずではあるけれど、「綺麗な絵だね」と言ってくれた人とか、「うちの娘にも見せてみます!」と言ってくれた人がいて、自分にこんな言葉をかけてくれる人がいたことがお世辞でも嬉しかったし、見せてよかったなと思った。

パンチラだとなんか恥ずかしいけど、一度脱いでしまえばどうってことなかった、みたいな。

 

だからもしも次号ができたら、次は挿絵じゃなくなにか私も生産的なものが描いてみたいなと思う。

 

その為に、どうせうんこなんだから、他人にどう思われようが、紙を無駄にした分も含めて、絶対に私が一番利益に貢献してみせる。

そして次号を実現させてみせる。

そんな日を夢見るうんこなのであった。